ヨーロッパの先史美術
まだ文字もなかった先史時代に美術という営みは生まれていました。人類最古の「美術作品」はヨーロッパを中心に発掘されており、その年代は約3~4万年前の後期旧石器時代にさかのぼります。後期旧石器時代にはより細かい時代区分があります。オーリニャック期 → ソリュートレ期 → マドレーヌ期 の流れを覚えておくとよいでしょう。
後期旧石器時代の美術作品はざっくり二つに分けられます。一つ目は洞窟絵画・洞窟彫刻です。フランス・スペインの石灰岩地帯で見つかっています。アルタミラやラスコーのものが有名ですが、1990年代にコスケール洞窟やショーヴェ洞窟が新たに発見され話題を集めました。二つ目は動産美術です。これは動物や女性をかたどった小型の彫像を指します。「不動産」の洞窟絵画と異なり、持ち運びができる点が動産美術の特徴です。
この時代の美術品はもっぱら祭祀や儀礼のために作られました。狩猟の成功や多産を祈るためになくてはならない「実用品」だったのです。この点は美術を「視覚的な楽しみ」とする現代人の感覚とはまったく異なります。古代の美術品に「まじない」の目的があったことは念頭においておく必要があります。
洞窟絵画・洞窟彫刻
洞窟絵画のモチーフとなったのは馬、牛、鹿などの動物です。岩の凹凸や割れ目さえも利用して写実的に描かれてます。なかにはマンモス、毛サイ、オーロックスといった絶滅種も見られます。当時の人々がこれらの草食獣を狩猟し、食料としていたことがうかがえます。動物の身体を側面観、顔を正面観で描く傾向も指摘されており、「歪曲遠近法」と呼ばれています。
洞窟彫刻についても線刻、浮彫り、丸彫りと多様な表現を用いて動物が描かれました。
洞窟絵画は多くの謎を残しています。たとえば絵画が遺されている洞窟は入り口や通路が狭く、奥行きも深いのですが、どのようにしてこうした場所を見つけ絵を描いたのか、詳しいことはわかっていません。照明に使ったであろう石のランプは見つかっていますが、はけや絵筆のような遺物は残っていないのです。また洞窟絵画のいたるところで見られる「重ね描き」は、その場所が長期にわたって利用されていた証拠と見ることもできます。いずれにせよ、洞窟絵画が描かれた場所は祭祀・儀礼を行うための特別な地であったことは確かなようです。
動産美術
動産美術は西ヨーロッパ〜中央・東ヨーロッパ〜西シベリアの広い範囲で出土しています。洞窟絵画とは違い、人々の居住場所やその周辺で発掘されてきました。材料としては骨、角、牙、石などが用いられ、用いられる技法も線刻、浮彫り、丸彫りと様々です。
動産美術としてまずおさえておきたいのが、「ヴィーナス像」と呼ばれる女性型彫刻です。ヴィーナス像は大きく誇張された胸や腹、お尻を持ちます。女性の身体的特徴を強調するのは多産を祈るためという説があります。衣服のような文様が施されたヴィーナス像も見つかっています(図版9)。顔かたちは基本的に描かれませんが、「ブラッサムプーイのヴィーナス」は顔や頭髪が彫られた珍しい作例です(図版10)。時代が下ると造形の省略ないしデフォルメが進みます。人物像と認識できないほど抽象的なフォルムも生まれました(図版11)。
絵画に限らず彫像においても動物はかっこうのモチーフとなりました。興味深いことに、西ヨーロッパでは牛、馬、鹿が多いのに対して、中央ヨーロッパ・東ヨーロッパではマンモスがよく見られます。地域によって狩猟対象となる動物に違いがあったことがわかります。
中石器時代の美術
中石器時代に入ると氷河期が終わり、気候の温暖化が進みました。自然環境の変化にともない、人々は収穫できるものを求めて移動生活を営むようになりました。後期旧石器時代に比べて、この時代に作られた美術品は見るべきものが少ないのが実情ですが、レバント美術は知っておくとよいでしょう。
レバント美術とはスペイン東部の岩壁画を指します。海岸近くの切り立った岩の壁に、狩猟、戦争、踊りなどの場面が単色で描かれました。一つ一つの動物像や人物像は小さく、20センチに満たないものがほとんどです。
新石器時代の美術
人類が農耕・牧畜を開始し、定住生活を営むようになったのが新石器時代です。新石器時代の文化もそれほど豊かではありませんが、巨石文化と極北美術にはふれておきたいと思います。
巨石文化の有名どころといえば、イギリスのストーンヘンジです。その建築方法や建築目的はいまだ謎に包まれています。ストーン・ヘンジは石を円形に配置する「ストーン・サークル」にあたりますが、ほかにも石を直線状に並べる「アリニュマン」、立石の「メンヒル」といった類型があります。
極北美術とはスカンジナビア半島~ロシア北部に見られる岩壁画を指します。海や川の近くの岩面に彫られたこれらの刻線画には、トナカイや船などこの土地ならではのモチーフが描かれています。モチーフの輪郭を1本の線で描いたものもあれば、敲打法(こうだほう)を用いたものもあります。これは岩の面に石を打ちつけ岩の傷を連ねていく技法で、敲打痕に顔料を流し込んで彩色しました。
作品データ
- ラスコー洞窟壁画、馬 旧石器時代 マドレーヌ文化 フランス、ドルドーニュ県
- ラスコー洞窟壁画、オーロックスの頭部 旧石器時代 マドレーヌ文化 フランス、ドルドーニュ県
- アルタミラ洞窟壁画、バイソン 旧石器時代 マドレーヌ文化 スペイン、サンタンデル県
- ル・ペシュ・メルル洞窟壁画、マンモス 旧石器時代 マドレーヌ文化 フランス、ロット県
- ル・チュック・ドードゥベール洞窟粘土像、バイソン 旧石器時代 マドレーヌ文化 長さ(右)61cm フランス、アリエージュ県
- ヴィーナス像 旧石器時代 オーストリア、ニーダーエスターライヒ州ヴィレンドルフ出土 石灰石 高さ10.3cm ウィーン、自然史博物館
- ヴィーナス像 旧石器時代 イタリア、リグリア州グリマルディ、パルマ・グランデ出土 凍石 高さ6.4cm フランス、サン・ジェルマン・アン・レー国立古代博物館
- ヴィーナス像 旧石器時代 フランス、オート・ガロンヌ県レスピューグ洞窟出土 マンモスの牙 長さ14.7cm パリ・人類学博物館
- ヴィーナス像 旧石器時代 ロシア、ヴォロネジ近郊コスティエンキ出土 マンモスの牙 長さ8.1cm モスクワ、科学アカデミー
- ヴィーナス像 旧石器時代 フランス、ランド県ブラッサムプーイ出土 マンモスの牙 高さ3.5cm フランス、サン・ジェルマン・アン・レー国立古代博物館
- ヴィーナス像 旧石器時代 ドイツ、ラインラント・プファルツ州ゲナスドルフ出土 ドイツ、ノイヴィート、氷河期考古博物館
- 振り返るバイソン 旧石器時代 マドレーヌ文化 フランス、ドルドーニュ県ラ・マドレーヌ出土 トナカイの骨 長さ10.5cm フランス、サン・ジェルマン・アン・レー国立古代博物館
- 跳ねる馬飾りの棒 旧石器時代 マドレーヌ文化 フランス、タリュン・エ・ガロンヌ県ブリュニケル出土 トナカイの角 長さ28.0cm フランス、サン・ジェルマン・アン・レー国立古代博物館
- ボーロ遺跡壁画、弓を持つ人々 中石器時代 スペイン、バレンシア州
- ストーンヘンジ 新石器時代~青銅器時代 巨石文化 イギリス、ウィルトシャー州
- ヴィンゲン遺跡壁画、トナカイ 新石器時代~青銅器時代 ノルウェー、ソングノグ・フョーラヌ県
- ホルネス遺跡壁画、船団 青銅器時代 ノルウェー、エストフォル県
参考文献
- 青柳正規、大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第1巻 先史美術と中南米美術』小学館 1995








