中央アンデスの古代美術
中央アンデスは、太平洋側の海岸低地と、アンデス山脈の上にある高地とに分けて理解する必要があります。海岸低地は乾燥の激しい砂漠地帯である一方、内陸側は標高によって生育できる植物相が異なります。中央アンデスの人々は高度による環境変化を利用して暮らしてきました。海岸低地では漁労、山間盆地ではトウモロコシやジャガイモの栽培、高原地帯ではリャマやアルパカの飼育というような具合です。
ここでは中央アンデスの古代美術を形成期 → 地方発展期 → ワリ期 → 地方王国期 → インカ帝国期の時代順に見ていきます。先述した海岸低地/高地の地理的区分を意識しながら読んでいただければと思います。
形成期
紀元前1800年から紀元前後までは中央アンデス文明の形成期にあたります。形成期の美術は、それ以前から造られていた神殿建築に加え、土器、機織り、金属細工、石彫といった新しい分野が開花しました。形態や装飾の工夫ぶりを見ても、職人たちが実用を超えて造形の可能性を追求し始めたことは明らかです。
建築
形成期を代表する神殿建築にクントゥル・ワシ、チャビン・デ・ワンタル、セロ・セチンがあります。
クントゥル・ワシからは、砂金を鍛造した板に、神話をモチーフとした複雑な模様を打ち出した製品が出土しました。図版4の胸飾りに描かれたジャガーは、四角の目(角目)と丸い目(蛇目)を持っています。四角と丸、男と女といった二項対立を表す図像表現は、中央アンデスの美術品によく見られる特徴です。
チャビン・デ・ワンタルはいたるところで石彫が見られます。ほとんどは破片となってしまっており、また原位置からもずれてしまっていますが、「ランソン」のように保存状態の良いものもあります。ランソンは5mほどの一枚岩で、表面にジャガーの顔をした人物が彫られています。
セロ・セチンを囲む壁面には、戦士と死者をテーマとした石彫のブロックがはめ込まれています。立石タイプの石彫は兜と武器を身につけた戦士像、小型のブロック石は切り取られた頭部・手足・内臓が描かれています。これらは敗者の処刑、あるいは捕虜の人身供犠を表しているものと考えられています。
クピスニケ文化
ペルー北海岸のクピスニケ文化は、ユニークな象形土器を生み出しました。胴部が写実的な塑像となっており、人物、動物、鳥、植物など種々のモチーフが表現されました。注ぎ口部分が二つに分かれる「鎧形壺」も、クピスニケ特有の器形です。形成期に考案され、ペルー北部で長い間制作され続けました。
滑らかな表面に線刻、刺突、浮彫りを施すタイプの土器もあります。一見幾何学文様のように見えますが、実はジャガーや蛇、鳥を様式化した図柄です。目、牙、爪といった部位だけが描かれることも多いため、抽象度の高いデザインとなっています。
外面に彫刻が施された石鉢や石杯も見つかっています。図版9の石杯には、首級の髪を握るジャガー人間が描かれています。中央アンデスではポピュラーな「首狩り」のモチーフです。
パラカス文化
南海岸のパラカス文化は、色彩豊かな土器と織物が特徴です。図版10のように、注口の筒を橋のような把手でつないだ「橋形双注口壺」がよく作られました。織物については、予め染められた糸に、平織り、綴れ織り、刺繍を施すことで複雑な図像を表現しました。
地方発展期
モチェ文化
北海岸では、クピスニケ文化を継承したモチェ文化が興りました。モチェの土器は、全面に白い化粧土をかけ、その上に赤褐色の塗料を塗るものです。クピスニケ土器から鎧形壺や写実的な塑像表現を踏襲しつつ、精妙な線画(図版12)やユニークな肖像土器(図版13)を開発していきました。
モチェ社会の支配者の墓であるシパン遺跡には、金属製の装身具など豪華絢爛な副葬品が納められていました。
ナスカ文化
ナスカ文化を代表する地上絵は、ペルー南海岸のイカ谷とナスカ谷の間、海岸近くの乾燥した砂漠地帯にあります。地表面を覆う暗赤色の小石を一定の幅で取り除き、その下の白い砂を露出させることで線を描いています。平らな台地には風が吹き抜けるため、飛来する砂が溜まることもなく、1000年以上も絵が残っているのです。
ナスカの地上絵は非常に大きく、ハチドリ(図版15)で全長110m、猿(図版16)で全長80mにもなります。一筆書きで描かれており、ある図柄の線は他の図柄の線とつながっています。これほど巨大な絵をどうやって描いたのか不思議に感じますが、相似の理解と測量の技術さえあれば、小さな原図を拡大する要領で描くことができます。実際、水平を保つ道具や方角を見通すための道具が見つかっています。
ナスカの多彩色土器は、パラカス文化の伝統を継承・発展させたものです。パラカスの土器が焼成後に色付けしたのに対して、ナスカの土器は焼成前に顔料をかける彩色方法をとりました。橋形双注口壺はナスカ土器の典型的な器形です。様式化されてはいるが、図版17と図版18はともに首狩りの場面を表しています。図版17の怪物は切り取った首を背に乗せており、図版18の人物は首を数珠状に連ねたロープを手にしています。図版18の下部に並んだ顔は切り取った首を表現したものと解釈できます。
カハマルカ文化
北高地のカハマルカ文化の土器は、きれいな白地を特徴としています。これは白い陶土「カオリン」を焼き上げることで作られます。きれいな白地に細筆で一気に描かれることから、「カーシヴ(cursive: 筆記体のような)様式」と名付けられています。
レクワイ文化
北高地のレクワイ文化は、大きな把手のある広口壺を作り出しました。狭い頸部の上に大きく広がった口縁を持ちます。模様だけを塗り残すネガティブ技法も良く用いられました。
ティワナク文化
南部高原のティワナクは、あまりに標高が高いため農業に向かない土地でした。そのため城下ではリャマやアルパカを飼育しつつ、温暖な遠隔地にトウモロコシなどを生産できる畑を確保し、リャマのキャラバンでこれらの農業用地に赴く生活をしていました。その結果、ティワナクの文化はアンデス各地の広い範囲に影響及ぼすこととなりました。
ティワナクの工芸品としては「ケーロ杯」と呼ばれる土器が有名です。胴部がややくびれ、上に向かってゆるやかに広がるコップ形をしています。赤地に黒、白、黄で彩色されており、白黒に塗り分けた目、耳の丸いプーマ、長い首を伸ばしたコンドル、太陽神といった図像がよく見られます。
ティワナクの太陽神信仰は、ティワナク遺跡の「太陽の門」にもよく現れている(図版22)。太陽神の頭飾りは後光のように放射状に広がり、目の下には丸がいくつか描かれています。この涙のような図像は、ほかの工芸品の中にもしばしば確認されている、ティワナク独自の表現です(図版23)。
ケーロ杯のほか、リャマやプーマなどの動物を象った香炉も重要です。細部にわたって写実的な作例(図版24)もあれば、頭部だけ写実的で胴部は簡素に仕上げたもの(図版25)もあります。後者は形こそ様式化されていますが、体に彫り込まれた象徴的な文様が見どころとなっています。
ワリ期
ペルー中央高原アヤクチョ盆地のワルパ文化が、ナスカ文化とティワナク文化を吸収して生まれたのが、ワリ文化です。ワリの勢力拡大は著しく、ナスカ、リマ、レクワイ、モチェの崩壊を招いたと言われています。
ワリの土器は、外開きの器形と厚い器壁が特徴である。放射状に光線を放つ「太陽神」らしきものがよく描かれるところは、ティワナクの影響が認められます。
ワリの織物は、非常に細く撚った糸を、高度な綴れ織りによって仕上げたものです。繊細な図柄が色鮮やかに表現されています。
地方王国期
シカン文化
ペルー北海岸地方、ロロ神殿の脇にシカン文化の支配者の墓があります。基壇の周りを掘った穴から、金細工をはじめとする豪華な副葬品と殉死の遺体が見つかりました。図版30は被葬者が実際に顔にはめていた仮面です。鋭く吊り上がった目尻の表現はシカン文化特有のもので、数々の副葬品に共通の特徴が見られます(図版31、図版32)。
チムー文化
ペルー北海岸はクピスニケ → モチェ → チムーと文化が栄えてきました。チムーの土器は型入れにより同じ器形を大量生産していたため、器形のバリエーションに乏しく、また多くは黒色で色彩感に欠けます。しかしモチェから写実的な塑像表現を踏襲しており、中でも「乳を吸う子犬」というテーマを好んで制作しました。体毛の少ない犬らしく、しわをくっきりと描くのがチムー風の表現でした。
チャンカイ文化
ペルー中央海岸のチャンカイ文化では、幾何学文様風の図像を描いた土器や織物が発達しました。チャンカイ土器は白色ないしクリーム地に黒色で文様を施します。表面は磨かれずざらざらのままで、全体的にくすんだ色調をしています。古代アンデスの土器は派手な仕上がりのものが多いので、チャンカイ土器の異質さが際立ちます。
イカ=チンチャ文化
南海岸地方のチンチャ王国は、葦舟を用いた海上交通を行い、活発な交易活動を展開していました。この時期の工芸品を「イカ=チンチャ様式」と呼ぶのは、都があったチンチャ谷よりも近隣のイカ谷から多く発見されているためです。ナスカやワリの伝統を引き継いだイカ=チンチャ文化は、幾何学文様を駆使した多彩色土器を発展させました。
インカ帝国期
クスコ地方のインカ族が興した国は、コロンビア南部からチリ中部にまたがる大帝国を築きました。その広大な支配領域ゆえに、インカが生み出した芸術様式は各地に浸透していき、言語や宗教の統一も進みました。しかし1532年、スペイン人の侵攻によりインカ帝国は陥落し、南米は植民地支配の時代を迎えます。
インカ帝国の高い技術力を物語るのが、石壁の建築です。サクサワマン遺跡を囲む壁は、多角形の巨石を複雑に隙間なく組み合わせて作られています。高さ5m、長さ400mにもなる長大な建造物であり、石の重さは大きいもので100tを超えます。インカは車輪や鉄の道具を持たなかったので、この石積みを人力だけで完成させたことになります。サクサワマン遺跡はもともとは太陽信仰を担う神殿だったのですが、物資を蓄える倉庫や堅牢な要塞としても機能していたようです。
オリャンタイタンボ遺跡でもすぐれた石工技術が見られます。図版38は、幅2m、高さ4mの花崗岩を6枚も並べた石壁です。巨石にはさまれた平石は、隙間を埋めるという技術的な目的ではなく、装飾を意図して差し込まれたものと考えられています。
インカを代表する遺跡として有名なマチュ・ピチュは、険しい山々に囲まれた谷間に築かれています。厳しい立地条件にしては、神殿や居住跡、街路や水道とよく整備された都市です。
「アリバロ形」はインカ土器に特有の器形です。大きく広がった口縁部、細く長い頸部、下方に膨らむ胴部が特徴で、胴部には縦型の把手が付きます。底はこまのように先が尖っているため自立しませんが、斜めに傾けたまま置くことができ、液体の入った重い壺を傾けて中身を注ぐのに都合が良い形状になっています。
図版41のようなリャマやアルパカを模した小型の石像は「コノパ」と呼ばれ、家畜の繁殖を祈願する儀礼用品として用いられていました。図版42は「パクチャ」という水差しで、神聖な場所や事物に酒を振りまくという特別な用途を担いました。
作品データ
- https://andes.civilization.u-tokai.ac.jp/cms/wp-content/themes/andes-collection/images/andes_cultural-period.jpg?v=20200610
- https://andes.civilization.u-tokai.ac.jp/cms/wp-content/themes/andes-collection/images/andes_map_1.jpg?v=20200610
- https://andes.civilization.u-tokai.ac.jp/cms/wp-content/themes/andes-collection/images/andes_map_2.jpg?v=20200610
- ペルー, クントゥル・ワシの墓の副葬品 蛇目・角目ジャガーの胸飾り 形成期 前800年頃 金 16.0×17.5cm リマ, 国立博物館
- チャビン・デ・ワンタル遺跡, ランソン像 形成期 前800年頃 花崗岩 浮彫り 高さ453cm ペルー, アンカシュ県
- セロ・セチン遺跡, 戦士と死者の石彫 形成期 前1500~前1000年頃 ペルー, カスマ谷
- うずくまる男の鐙形壺 形成期 クピスニケ文化 前1000年頃 赤色磨研土器 高さ29.0cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- ジャガーの鐙形壺 形成期 クピスニケ文化 前1000~前500年頃 黒色磨研土器 高さ20.0cm リマ, エンリコ・ポリ博物館文化協会
- 首級を持つジャガーの石杯 形成期 クピスニケ文化 前1000年頃 ペルー, ラ・リベルタ県リモンカーロ出土 高さ13.0cm リマ, エンリコ・ポリ博物館文化協会
- ジャガーの双注口壺 形成期 パラカス文化 前500~前100年頃 彩色土器 高さ17.0cm リマ, エンリコ・ポリ博物館文化協会
- 神人文様のマント 形成期 パラカス文化 前500~前100年頃 毛 刺繍 150×257cm リマ, 天野博物館
- 農耕と漁撈の鐙形壺 地方発展期 モチェ文化 100~600年頃 彩色土器 高さ21.8cm リマ, 天野博物館
- 人物肖像の鐙形壺 地方発展期 モチェ文化 100~600年頃 彩色土器 高さ38.5cm リマ, エンリコ・ポリ博物館文化協会
- ペルー, シパンの墓の副葬品 蜘蛛の首飾り 地方発展期 モチェ文化 200~300年頃 金 径8.3cm ペルー, ランバイェケ, 国立ブリューニング考古学博物館
- ナスカの地上絵 ハチドリ 地方発展期 ナスカ文化 100~600年頃 ペルー, イカ県
- ナスカの地上絵 猿 地方発展期 ナスカ文化 100~600年頃 ペルー, イカ県
- 首を狩る動物の双注口壺 地方発展期 ナスカ文化 100~600年頃 彩色土器 高さ12.5cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- 首を狩る鳥人の双注口壺 地方発展期 ナスカ文化 100~600年頃 彩色土器 高さ18.0cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- 戦士の鉢 地方発展期 カハマルカ文化 300~600年頃 彩色土器 口径20.5cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- ジャガーを従える人の広口壺 地方発展期 レクワイ文化 300~600年頃 彩色土器 高さ20.0cm ベルリン, 国立民族学博物館
- プーマ飾りのケーロ杯 地方発展期 ティワナク文化 400~800年頃 彩色土器 高さ33.4cm ラ・パス, 古代貴金属博物館
- ティワナク遺跡, 太陽の門(部分) 地方発展期 ティワナク文化 400~800年頃 石 高さ3.0m ボリビア, ラ・パス県
- ティワナクの神の冠 地方発展期 ティワナク文化 400~800年頃 ボリビア, ティワナク遺跡カラササヤ出土 金, トルコ石 高さ20.0cm ラ・パス, 古代貴金属博物館
- プーマ=リャマの香炉 地方発展期 ティワナク文化 400~800年頃 彩色土器 高さ24.1cm ベルリン, 国立民族学博物館
- リャマの香炉 地方発展期 ティワナク文化 400~800年頃 黒色磨研土器 高さ36.0cm ラ・パス, 古代貴金属博物館
- 創造神の鉢 ワリ期 700~900年頃 彩色土器 高さ61.0cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- 動植物起源神話の鉢 ワリ期 700~900年頃 木、貝、石 口径28.2cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- リャマ文様の箱形帽子 ワリ期 700~900年頃 パイル織り 高さ14.0cm リマ, 天野博物館
- 神人文様のポンチョ ワリ期 700~900年頃 木綿, 獣毛 綴れ織り 90×112cm 神戸, 小原流芸術参考館
- ペルー, ロロの墓の副葬品 飾りをつけた仮面 地方王国期 シカン文化 1000年頃 金, 銅合金, トルコ石ほか 総高約100cm ペルー, ランバイェケ, 国立ブリューニング考古学博物館
- ペルー, ロロの墓の副葬品 杖を持つ人物の杯 地方王国期 シカン文化 1000年頃 金, 銀 高さ9.3cm ペルー, ランバイェケ, 国立ブリューニング考古学博物館
- 神人像付き儀式用ナイフ(トゥミ) 地方王国期 シカン文化 1000年頃 ペルー, ランバイェケ県ベンターナス出土 金, トルコ石 長さ31.0cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- 乳を吸う子犬の鐙形壺 地方王国期 チムー文化 1100~1450年頃 黒色磨研土器 高さ24.0cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- 魚文様の壺 地方王国期 チャンカイ文化 1100~1450年頃 彩色土器 高さ55.0cm リマ, 天野博物館
- 人物と波文様の織物(部分) 地方王国期 チャンカイ文化 1100~1450年頃 ペルー, リマ県ピスキーヨ出土 (全体)118×40cm リマ, 天野博物館
- 幾何学文様の広口壺 地方王国期 イカ=チンチャ文化 1100~1450年頃 彩色土器 高さ24.0cm リマ, 天野博物館
- サクサワマン遺跡, 石垣 インカ帝国期 1400~1533年頃 ペルー, クスコ県
- オリャンタイタンボ遺跡, 石垣 6枚石の壁 インカ帝国期 1400~1533年頃 ペルー, クスコ県
- マチュ・ピチュ遺跡 インカ帝国期 1400~1533年頃 ペルー, クスコ県
- 鳥文様のアリバロ形尖底壺 インカ帝国期 1400~1533年頃 彩色土器 高さ16.8cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- アルパカの石壺(コノパ) インカ帝国期 1400~1533年頃 高さ(中央)8.6cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
- 水を吸う動物の水差し(パクチャ) インカ帝国期 1400~1533年頃 赤色磨研土器 高さ15.0cm リマ, 国立考古学人類学歴史学博物館
参考文献
- 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第1巻 先史美術と中南米美術』小学館 1995
- https://andes.civilization.u-tokai.ac.jp/cms/wp-content/themes/andes-collection/pdf/andes_introduction.pdf?v=20200610
- https://andes.civilization.u-tokai.ac.jp/database/

































