先王朝・初期王朝時代の美術
古代エジプトは3000年にわたって繁栄しましたが、美術の様式が大きく変化することはありませんでした。古王国時代と新王国時代を比べても、その表現はかなり似通っていることがわかります(図版1、図版2)。エジプト美術最大の特徴は、この「一貫性」にあるといっても過言ではありません。
エジプト美術の一貫したスタイルの背景には、現代とは異なる価値観があります。当時のエジプト人にとって表現とは、個性を追求することではなく、ある種の造形ルールを厳格に守ることでした。たとえば人物像の場合、目と上半身は正面向き、頭部と下半身は横向きで描くというルールがありました(図版3)。このような定型表現は伝統として長く受け継がれていきました。
またエジプト美術においては、対象を説明的・叙述的に描くことも重要とされました。図版3の人物像は一見不自然なようですが、パーツ単位では「最もわかりやすい形」で描かれています。顔は目鼻立ちがくっきり見える側面観、上半身は身体の幅を表せる正面観という具合に、予め持っている知識やルールが描写の指針となりました。これは見たままに描く「写実」とは一線を画す表現方法です。
古代エジプト人が単なる写実に関心を持たなかったのは、死後も続く永遠の生を信じていたからです。彼らは刹那的な印象を良しとせず、無駄を一切省いた不易の美しさを求めました。エジプト美術の簡潔明瞭でゆるぎないフォルムは、対象の本質に迫る試みの中で創り出されたものと言えるでしょう。
先王朝時代
古代エジプト王朝は紀元前3000年頃ナイル川流域で興りました。それ以前の2000年間は先王朝時代にあたります。先王朝時代はバダーリ期 → ナカーダⅠ期 → ナカーダⅡ期 → ナカーダⅢ期という経過を辿ります。この頃は農耕村落社会で、砂漠の縁に穴を掘っただけの簡単な墓地を作り、そこに遺体と副葬品を埋める慣習がありました。
墓の副葬品として最もよく出土するのが土器です。ナカーダⅠ期の土器は赤地白彩、ナカーダⅡ期の土器は白地赤彩(図版4)という特徴があります。多くの場合、船や動物がモチーフとして描かれました。
彩文土器に並んで重要なのが、黒色の口縁部を持つ黒頂(ブラックトップ)土器です。黒頂土器の焼成は、窯の床に麦わらなどを混ぜた灰を敷き、そこに口縁部を埋めた状態で行います。そうすることで口縁部だけに煤が付着して、光沢のある黒色になるのです。
先王朝時代の立体表現は、くしやヘアピンの先端を彫るなど、実用品の付属物として作られるものがほとんどでした。図版6は単独の像として作られた珍しい作例です。両手を高く掲げ、まるで踊っているようなポーズが印象的です。胸のふくらみや丸みをおびた腰から女性像であることがわかります。
ナカーダⅢ期(原王朝時代)になると、王ほどではないものの有力な首長が現れ、地域的な統合が進みました。実権を握った首長たちは、自身の権威を表現するための美術を作らせました。図版7は戦闘の場面(右)と狩りの場面(左)が描かれたナイフです。そのほか大型のパレット(図版8)などが表現の媒体となりましたが、それらはもはや実用品ではなく、意匠を凝らした献上品として制作されています。
ライオン、雄牛、山犬、猛禽類といったモチーフは、当時の首長たち、あるいは彼らを保護する神々の化身を表しています。異様に首の長い、空想的な動物が描かれることもありました(図版9)。モチーフを彫り残す「高浮彫り」は、ナカーダⅢ期に考案され王朝時代に引き継がれた技術です。
初期王朝時代
紀元前3000年頃、「ナルメル(メネス)王」がエジプト統一を果たし、王朝時代が始まります。都は上エジプトと下エジプトの中間に位置するメンフィスに置かれました。第1王朝と第2王朝にあたる初期王朝時代に、王を中心とする国家理念が掲げられ、王朝国家の基礎となる制度や組織が創設されました。王称号、巨大王墓、王像表現、官僚組織のほか、文字体系も発明されました。
美術面では王家直轄の工房が設けられ、原料調達から製作までを専門職人が行うようになりました。儀礼や呪術的行為を行う「実用品」から、王の権力や死後の世界を象徴する「奢侈品」へと、美術品の役割も大きく変化しました。
当時は文字が読めない人々も多かったので、王の威光を視覚的に伝える必要がありました。王を大きく描くことに始まり、王がひざまずく敵を棍棒で殴る姿や、王の化身である雄牛が好んで描かれました(図版10)。また人物は、目と上半身は正面向き、頭部・下半身は横向きという独特の様式で描かれました。図像を一定のプロポーションで描くために、カノンという方眼が使われていました(図版11)。足の大きさ3、膝頭まで6、肩まで16、額まで18というように、マス目の大きさに対応した描画ルールが定められていました。初期王朝時代に作られた図像は表現上の規範となり、3000年もの間受け継がれることになります。
王族や官僚を葬った大型墓は、規模や副葬品の数において、先王朝時代を大きく上回ります。半地下式の施設の中央に遺体を納めた玄室があり、その周りに副葬品を納めた部屋が置かれました。王墓の入り口に立つ石碑には、王の姿・称号・名前を表す「ホルス王名」という図像が刻まれています(図版12)。王墓全体が石材で建てられるのは第3王朝のジェセル王以降で、この頃は日干し煉瓦と木を使っていました。初期王朝の王墓地としてはアビュドスやウンム・アル=カーブが有名です。それから低い長方形の上部構造を持つ墳墓もあります。この「マスタバ」という墓はサッカーラ遺跡で多数見つかっています。
古代エジプトの文字「ヒエログリフ」は、ハゲワシやコブラなど事物を象った形をしています。文字でありながら絵でもあるヒエログリフは、その多様な組み合わせが美術的な見どころとなります。石碑に刻む碑文はヒエログリフを表現する恰好の媒体でした。ほかにも副葬品の内容を表す「ラベル」(図版13)や、粘土板のスタンプとして用いる「円筒印章」の中に書き残されています。
王家の工房では、石製容器、金属器、家具、装身具、遊戯用具などを組織的に生産していました。装飾にこだわった贅沢な品々が見つかっています。図版14はジェル王の墓から出土したブレスレットです。金、紫水晶、ラピスラズリ、トルコ石と希少な素材が使われています。図版15の円盤は、生産活動を行わない貴族層の遊び道具として作られたものです。ガゼルとそれを追いかける猟犬が2頭ずつ描かれています。ガゼルの体にはアラバスターという白い鉱石が象嵌されています。
作品データ
- カフラー王座像 古王国 第4王朝 前2550年頃 アル=ギーザ, カフラー王の河岸神殿出土 閃緑岩 高さ168cm カイロ, エジプト博物館
- トトメス3世立像 新王国 第18王朝 前1450年頃 テーベ, カルナク, アメン大神殿出土 緑色硬砂岩 高さ90.5cm ルクソール美術館
- トトメス4世の墓壁画, ハトホル女神とトトメス4世 新王国 第18王朝 前1440年頃 漆喰 彩色 テーベ, 王家の谷
- 舩図壺 先王朝 ナカーダⅡ期 前3500年頃 彩文土器 高さ24.0cm ベルリン, 国立エジプト博物館
- 動物文壺 先王朝 ナカーダⅠ期 前3800~3500年頃 黒頂土器 高さ33.5cm パリ, ルーブル美術館
- 女性像 先王朝 ナカーダⅡ期 前3500年頃 アル=ママリーヤ2号墓出土 テラコッタ 彩色 高さ29.3cm ニューヨーク, ブルックリン美術館
- ナイフ(表・裏) 先王朝 ナカーダⅢ期 前3200年頃 伝ジャバル・アル=アラク出土 フリント 河馬の牙 長さ25.5cm パリ, ルーブル美術館
- 戦場図のパレット(通称「戦場のパレット」) 先王朝 ナカーダⅢ期 前3200年頃 灰色粘板岩 浮彫り 32.8×28.6cm ロンドン, 大英博物館
- 動物文パレット(表・裏)(通称「オックスフォードのパレット」) 先王朝 ナカーダⅢ期 前3200年頃 ヒエラコンポリス出土 緑色片岩 浮彫り 長さ43.2cm イギリス, オックスフォード, アシュモーリアン美術館
- ナルメル王のパレット(表・裏) 初期王朝 第1王朝 前3000年頃 ヒエラコンポリス出土 緑色片岩 浮彫り 長さ64.0cm カイロ, エジプト博物館
- 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994 p.441
- ジェト王の石碑 初期王朝 第1王朝 前2900年頃 アビュドス, ジェト王の墓出土 石灰岩 浮彫り 高さ145cm パリ, ルーブル美術館
- デン王のラベル 初期王朝 第1王朝 前2900年頃 アビュドス, デン王の墓出土 象牙 左右5.4cm ロンドン, 大英博物館
- ジェル王のブレスレット 初期王朝 第1王朝 前2900年頃 アビュドス, ジェル王の墓出土 金 トルコ石 ラピスラズリほか 長さ(最長)18.0cm カイロ, エジプト博物館
- 動物文円盤 初期王朝 第1王朝 前2900年頃 サッカーラ, ヘマカの墓出土 凍石 アラバスター 彩色 直径8.8cm カイロ, エジプト博物館
参考文献
- 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994














