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中王国時代の美術

古王国滅亡後、中央集権体制の崩壊により、州侯などの各地の在野勢力が群雄割拠する時代に入ります。140年にわたる第1中間期を経て、第11王朝のメンチュヘテプ2世が再びエジプトを統一し、上エジプトのテーベに都が移されました。続く第12王朝は、時の宰相アメンエムハトがクーデターを起こして樹立しました。このような政治的混乱や社会的不安の中で、オシリス信仰が一般人にも開放され、宗教理念に基づいて墳墓を造営し儀式を行えば、どんな者でも来世の復活が約束されると信じられるようになりました。宗教思想の変容により、多くの人々が墳墓の建築や美術品制作へと駆り立てられた結果、古王国時代の厳格な様式にとらわれない新たな表現が生み出されました。

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建築(ピラミッド)

第11王朝においてエジプトの再統一を成し遂げたメンチュへテプ2世は、ディール・アル=バハリーに葬祭殿を建造しました(図版2)。河岸神殿から屋根を持たない参道が伸び、葬祭殿のテラスへと上昇していくという作りで、この形態は新王国のハトシェプスト女王の葬祭殿(図版3)に受け継がれました。

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葬祭殿の中央にある量塊は、もとは建物の台座として使われていたようですが、その解釈には争いがあります。アボット・パピルスの記述からピラミッドの台座だったとする説(図版4A)もあれば、マスタバのような平坦な屋根によってオシリス信仰の「初源の丘」を象徴したとする説(図版4B)もあります。誕生と再生の象徴である「初源の丘」は小さな森として表現されることから、近年では頂部に木を植えたドーム形の屋根を想定する見方も出てきています(図版4C)。

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現在のアル=リシュトにあたる地域に、第12王朝の首都イチタウイが置かれていました。都市の遺構はないものの、アル=リシュト周辺で王のピラミッドや王族の墓地が多数見つかっています。そのうちの一つ、センウセレト1世のピラミッドは、古王国時代を踏襲した外観をしていますが、内部の骨格は簡略化された石積み方法で造られていました。

ファイユーム近郊のアル=ラフーンにあるセンウセレト2世のピラミッドも、組積方法の合理化が見られます。自然の岩石を削った中核部の上に、石灰岩製の擁壁を放射状に積み上げて骨格を成し(図版6)、空いた空間は石材に代わって日乾煉瓦で埋めていました。ピラミッド内部の構造や資材が簡素化された背景には、ピラミッドの形態を再現できればよく、永続性までは求めないという価値観の変化がありました。またセンウセレト2世のピラミッドは、北面入り口の伝統を破り、南側に入り口が置かれました。予想外の場所に入り口を作ったのは、墓の安全性を確保するためだと考えられています。

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彫像

古王国時代の終わりを機に、工人・職人集団は都メンフィスを離れて地方州侯の支配下で活動するようになりました。第11王朝時代は都テーベに工房が集まりましたが、そこで作られた彫像はまだ堅苦しいものでした。しかし第12王朝後半からは、都イチタウイのあるファイユーム地方で個性的な彫像表現が花開きました。各地方の作風をメンフィス派、テーベ派、ファイユーム派と区別する向きもあります。

第11王朝のメンチュへテプ2世によって造られたディール・アル=バハリーの葬祭殿は2つの墓室を持ちます。このうち葬祭殿の真下に位置する方は、本物の遺体を置かない「空墓」と見られています。この地下室には下エジプト冠をつけた王の座像が包帯を巻かれた状態で置かれていました。

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センウセレト3世は南方への軍事遠征を積極的に行い、第2急湍南までのヌビア地域を支配しました。内政においても地方豪族の力を制限し、中央集権体制を確立しました。センウセレト3世の像は、立像や座像、スフィンクス像など様々な形式で作られましたが、どれもこの王の個性的な容貌をよく伝えています。厚ぼったいまぶた、眉間のしわ、引き結んだ唇、大きな耳といった共通の特徴があり、センウセレト3世と特定することができるのです。図版9のブロック・スタチューは、膝を抱えて腰を下ろした姿勢により、人物を単純な立方体で表しています。このユニークな形の像は新王国時代以降も作られました。

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アメンエムハト3世はファイユーム地方の開発を推し進め、第12王朝時代最後の繁栄期を築きました。ハワーラで出土した立像は王の特徴的な容貌をとらえています。また強烈な存在感を放つスフィンクス像も見つかっています。台座には歴代の支配者の名が刻まれており、この像が新王国時代になっても利用されていたことがわかっています。

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王像に影響され、私人像も個性を表現する方向へ発展しました。センヌウイ像の顔立ちは、モデルの高貴で優しい雰囲気を伝えています。この像は丁寧な仕上げや見事なプロポーションから、中王国時代の私人像の名品に位置づけられています。

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エジプト南端のエレファンティネ島にはヘカイブ一族の祠堂群があり、そこには中王国第12王朝時代の典型的な私人像が安置されています。へカイブとは、古王国時代末期にこの島で権力を行使したと言われる伝説上の人物で、現在は第6王朝ぺピ2世時代の知事ペピナクトと解釈されています。この地の権力者は自らをヘカイブの子孫と名乗り、祠堂や像を作らせていたようです。サレンプト2世の祠堂で見つかった父ケマの像は、保存状態良いことで知られています。灰色花崗岩製で、均整のとれた美しい体格をしています。これほど高度な作品が中央からはるかに遠い場所で作られていた事実は、驚きに値します。

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中王国時代の副葬品に彩色された木製の模型があります。調理場、穀物倉、機織り場といった作業場や、船あるいは家屋のような特定の場所に、それぞれの作業に従事する人々が人形として組み込まれています。こうした模型は、それまで墓の壁画に描かれていた生活や労働の場面を立体で表したものであり、日常の営みを具体的に知るための史料となっています。第11王朝メンチュへテプ2世時代の高官メケトラーの墓には、多数の模型が納められていました。図版16は家畜の数を調べている場面、図版17は船でナイル川を渡る場面を切り取っています。

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浮彫り

中王国期の神殿美術はわずかしか残っていません。その理由は新王国期の建築活動に際して中王国期の石材が再利用されたからです。カルナクのアメン大神殿では、解体されたセンウセレト1世のキオスク(小祠堂)が、第3塔門の基礎部の詰め石として使われていました。幸いにも風化を免れた状態で発見され、現在は復元再建されています。

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センウセレト1世のキオスクは正方形の基壇を持ち、前後には緩やかな階段が設置されています。柱や壁には陽刻と陰刻を駆使したレリーフが施されています。図版19に描かれているのはアメン・ラー神、メンチュウ神、センウセレト1世です。テーベの主神であるアメン・ラー神は、2枚の長い羽がついた冠をかぶっています。メンチュウ神はテーベの南アルマントの主神で、ハヤブサの頭に太陽円盤と羽飾りの冠を乗せた姿で表されます。メンチュウ神は上下エジプト冠のセンウセレト1世の手を引き、鼻先にアンクを差し出して王を祝福しています。神々の頭上には、ホルス神を象徴するハヤブサとネクベト女神を象徴するハゲワシが飛んでいます。

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絵画

中部エジプトに分布する岩窟墓は、地方豪族が私人墓として造らせたものです。ナイル川中流域のバニ・ハサンでは、39基もの岩窟墓が見つかっており、そのうち12基に壁画が残されています。岩窟墓に描かれた絵画は墓主の日常生活や趣味を伝える記念碑であり、新しい主題や図像表現が試される場となりました。

「東の部族の監督官」の称号を持つクヌムへテプ3世の墓は、生き生きとした絵画が部屋中に描かれています。図版21は東壁上部にあたる場面です。パピルスの茂みの上を朱鷺や鷺、鴨といった野鳥が飛び交い、草むらにそれを狙う猫、山犬、オオトカゲが潜んでいます。当時の画工の鋭い観察眼により、鳥や猫は特徴をとらえて丁寧に描かれています。

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バケト3世と息子ケティの墓には、レスリングという新しい主題の壁画が残されました。組み手のポーズはバリエーションに富んでおり、伝統的な規範にとらわれず、人物の多様な動きを描こうとしています。

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工芸

工芸技術は中王国時代に洗練を遂げました。とくに金や貴石を使用した装身具とファイアンス製品は、古王国時代に比べて格段に進歩したと言えます。

王妃や王女の墓で見つかった装身具はレパートリーに富んでいます。冠、鬘飾り、襟飾り、胸飾り、ネックレス、ペンダント、ブレスレット、指輪、ベルト、エプロン、アンクレットほか、短剣などの武具(図版26)、手鏡などの化粧道具(図版27)も一緒に納められていました。

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きらびやかな装身具の制作は、金属を自在に成形する技術と精確な象嵌技術に支えられていました。サトハトホルイウネト王女の胸飾り(図版24)は、複雑な形の象嵌の台を作り、模様に合わせて石材を削り出し、金の台座に嵌め込んで造られています。

前時代に比べて装身具に使われる貴石の種類も増えました。赤い紅玉髄や柘榴石、緑色の長石、群青色のラピスラズリ、空色のトルコ石、紫色の紫水晶と色彩豊かな鉱石が揃えられました。貴石を調達する組織が整備され、ふんだんに使えるようになったことで、配色に工夫を凝らす余地が生まれました。金と紫水晶のみを用いたメレレト王女のベルト(図版25)は、シックで高貴な雰囲気が感じられます。

石英の粉を型に入れて形を作り、ガラス質の青みがかった釉薬をかけて焼き固めると、ファイアンス製品が出来上がります。先王朝時代以来エジプトの伝統工芸品として親しまれていましたが、中王国時代により大きな像が作られるようになりました。

河馬(図版28)、針鼠(図版29)、猫、犬など動物をモチーフとした像に、マンガンの濃い紫色を用いて植物の文様が描かれました。釉薬の青はナイル川の水であり、そこに植物の絵付けを施すことで、ナイル川の自然環境そのものを表しました。

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中王国時代になると、墓主の家族や女召使いの像とは別に、「死者の花嫁」「死者の愛妾」と呼ばれるの女性像が作られるようになりました。通常は裸で、膝下がなく、胸や腰が大きく張り出した姿をしています。こうした女性像は豊饒や多産の象徴であり、来世の復活を願うための道具だったと解釈されています。

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作品データ

  1. 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994 p.431
  2. 背後の崖上から見たメンチュヘテプ2世の葬祭殿 中王国 第11王朝 前2000年頃 テーベ, ディール・アル=バハリー
  3. ハトシェプスト女王の葬祭殿 新王国 第18王朝 前1480年頃 テーベ, ディール・アル=バハリー
  4. 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994 p.114
  5. センウセレト2世のぴら美登 中王国 第12王朝 前1900年頃 干乾煉瓦 アル=ラフーン
  6. センウセレト2世のぴら美登 中王国 第12王朝 前1900年頃 干乾煉瓦 アル=ラフーン
  7. メンチュヘテプ2世座像(部分) 中王国 第11王朝 前2000年頃 テーベ, ディール・アル=バハリー, メンチュヘテプ2世の葬祭殿出土 砂岩 彩色 高さ138cm カイロ, エジプト博物館
  8. センウセレト3世立像 中王国 第12王朝 前1850年頃 テーベ, ディール・アル=バハリー出土 黒色花崗岩 高さ122cm ロンドン, 大英博物館
  9. センウセレト3世座像 中王国 第12王朝 前1850年頃 赤色珪岩 高さ68.3cm ニューヨーク, ブルックリン美術館
  10. センウセレト3世像頭部 中王国 第12王朝 前1850年頃 珪岩 高さ16.5cm ニューヨーク, メトロポリタン美術館
  11. センウセレト3世のスフィンクス像 中王国 第12王朝 前1850年頃 閃緑岩 高さ73.7cm ニューヨーク, メトロポリタン美術館
  12. アメンエムハト3世座像(部分) 中王国 第12王朝 前1800年頃 ハワーラ, アメンエムハト3世の葬祭殿出土 石灰岩 高さ160cm カイロ, エジプト博物館
  13. アメンエムハト3世のスフィンクス像 中王国 第12王朝 前1800年頃 タニス(サーン・アル=ハジャル)出土 黒色花崗岩 高さ150cm カイロ, エジプト博物館
  14. センヌウイ座像 中王国 第12王朝 前1850年頃 スーダン, ケルマ出土 黒色花崗岩 高さ172cm ボストン美術館
  15. ケマ座像(部分) 中王国 第12王朝 前1900年頃 エレファンティネ島出土 黒色花崗岩 高さ112cm アスワーン, 考古博物館
  16. 畜牛調べの模型 中王国 第11王朝 前2000年頃 テーベ, ディール・アル=バハリー, メケトラーの墓出土 木 彩色 長さ173cm カイロ, エジプト博物館
  17. 船の模型 中王国 第11王朝 前2000年頃 テーベ, ディール・アル=バハリー, メケトラーの墓出土 木 彩色 長さ132cm ニューヨーク, メトロポリタン美術館
  18. センウセレト1世のキオスク(祠堂) 中王国 第12王朝 前1950年頃 カルナク, アメン大神殿内, 野外博物館
  19. センウセレト1世のキオスク(祠堂), 列柱浮彫り 中王国 第12王朝 前1950年頃 カルナク, アメン大神殿内, 野外博物館
  20. クヌムヘテプ3世の墓と壁画, 礼拝室内部 中王国 第12王朝 前1900年頃 漆喰 彩色 バニ・ハサン
  21. クヌムヘテプ3世の墓と壁画, 水鳥 中王国 第12王朝 前1900年頃 漆喰 彩色 バニ・ハサン
  22. ケティの墓と壁画, 礼拝室内部 中王国 第11王朝 前2000年頃 漆喰 彩色 バニ・ハサン
  23. ケティの墓と壁画, レスリング 中王国 第11王朝 前2000年頃 漆喰 彩色 バニ・ハサン
  24. サトハトホルイウネト王女の胸飾り 中王国 第12王朝 前1800年頃 アル=ラフーン, サトハトホルイウネト王女の墓出土 金 ラピスラズリほか 4.4×8.2cm ニューヨーク, メトロポリタン美術館
  25. メレレト王女のベルトとアンクレット 中王国 第12王朝 前1850年頃 ダハシュール, メレレト王女の墓出土 金 紅玉髄ほか 長さ(ベルト)60.0cm カイロ, エジプト博物館
  26. イタ王女の短剣 中王国 第12王朝 前1850年頃 ダハシュール, イタ王女の墓出土 金 ラピスラズリほか 長さ27.0cm カイロ, エジプト博物館
  27. サトハトホルイウネト王女の鏡(柄の部分) 中王国 第12王朝 前1800年頃 アル=ラフーン, サトハトホルイウネト王女の墓出土 金 銀 黒曜石ほか 長さ28.0cm カイロ, エジプト博物館
  28. 河馬 中王国 第12王朝 前1950年頃 ファイアンス 青釉 高さ13.0cm パリ, ルーヴル美術館
  29. 針鼠 中王国 第12王朝 前1950年頃 ファイアンス 青釉 高さ12.0cm カイロ, エジプト博物館 30.女性像 中王国 第12王朝 前1950年頃 ファイアンス 青釉 高さ13.8cm パリ, ルーヴル美術館

参考文献

  • 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994