トゥトアンクアメンの遺宝
トゥトアンクアメンの墓の発見は、20世紀最大の考古学的成果と言っても過言ではありません。これだけまとまった量の遺物が一挙に出土した例はなく、しかも出土品の種類は多岐にわたります。王像・神像、厨子、工芸品、武器・武具、衣装・布類、文房具、遊戯具、日常の容器や食器、装飾用の置物やランプなど、多種多様な品々が納められていました。
トゥトアンクアメンの遺宝によって、それまで壁画やパピルス文書からしか知り得なかったファラオの葬祭儀礼が、具体的に把握できるようになりました。出土品の多くは埋葬のために特別に製作されたものですが、宮廷で使われていた日常の調度品や器物も含まれています。
王墓発見の経緯
トゥトアンクアメン王墓の発見および発掘は、実にドラマティックな経過を辿りました。主役となる人物はイギリスの考古学者ハワード・カーターです。様々な発掘や調査に関わるうちに、トゥトアンクアメン王墓の存在を確信したカーターは、古代エジプトの遺物を管理する職を辞し、カーナヴォン伯爵の援助を受けて未知の王墓を探索し始めます。
1913年までは、考古学に関心を持つアメリカ人実業家セオドア・デイヴィスが「王家の谷」の発掘作業を行っていました。カーターもエジプト側の監督官としてこの発掘に立ち会い、トゥトアンクアメンの王名を持つ杯や金の小片を発見しています。デイヴィスはこれらの出土品を無視し「墓は掘り尽くされた」と断言しましたが、カーターが新たな王墓への希望を捨てることはありませんでした。
カーターがデイヴィスに代わって王家の谷の発掘権を取得したのは、1914年のことでした。そして第一次世界大戦服役後の1917年から本格的に王墓の探索と発掘を開始しました。王墓がありそうな場所として目星をつけたのが、ラメセス2世、ラメセス6世、メルエンプタハの3人の王の墓を結ぶ三角形の地域です。ラメセス6世の墓がある王家の谷を目指して低い地点からいくつもの傾斜地を昇っていくルートがとられました。
1922年の春までに、数百人の作業員を動員し、膨大な量の土砂を掘り起こしながら、断続的な発掘作業が行われてきました。しかしめぼしい成果がなく、カーナヴォンも援助を打ち切ることを考え始めていました。カーターは最後の望みとして、誰も手を触れてこなかったラメセス6世墓の入り口直下の探索にあたります。石段を掘り進めた先にトゥトアンクアメンの王名が刻まれた封印壁があり、これを破ると墓の前室に到達しました。そこには約650点もの驚くべき品々が収められていたのです。
前室
前室は幅8m、奥行3.6m、天井4mほどの大きさで、南北に延びた長方形をしています。室内は墓泥棒によって荒らされ、一部の家具は破損していましたが、長居できなかったのか貴重な品々が盗掘を免れています。壁画などの装飾はない簡素な部屋ですが、主として宮廷生活で用いられる家具類、厨子や箱などの調度品、戦車や武具、壺や籠などの容器が納められていました。そのほか宗教的性格の強い神像や王像、葬儀に用いる大型の寝台もありました。
前室の西には付属室が設けられています。前室の半分にも満たない小さな部屋ですが、高貴な宝飾品から日常の飲食物の粗末な容器まで種々雑多なものが置かれており、その数は千数百点に及びます。
前室の北壁が封印されたように変色していること、この壁に向かって捧げ物らしき品々が散乱していたことから、カーターは壁の向こうに王の遺体ある可能性をにらんでいました。前室と付属室での作業を終えると、北壁を守るように立っていた2体の王像(図版4)を運び出し、ようやく壁の向こう側の調査に取りかかりました。カーターの見込み通り、壁を破った先にあったのは黄金の棺やマスクが安置された玄室でした。
玄室
玄室は幅4m、奥行6.4m、天井3.6mほどの大きさで、東西に延びた形をしています。カーターが玄室を発見した時、空間いっぱいに巨大な厨子が鎮座していました。厨子と壁とのわずかな隙間にも櫂や器、壺、小像などが無秩序に置かれていました。色鮮やかな壁画には、トゥトアンクアメンの後継者アイが死せる王に開口の儀式を行う場面などが描かれています。
玄室に置かれた厨子は四重になっており、それらを解体すると黄色の珪岩をくり抜いた石棺が現れました。石棺の中には黄金の人型棺が納められており、これも入れ子構造で三重になっていました。一番内側の棺を開けると亜麻布で巻かれたトゥトアンクアメンのミイラが、黄金のマスクを付けた状態で安置されていました。
黄金の棺やマスクは当時の金細工技術の粋を集めた労作です。どの人型棺も持ち物や衣装はある程度定型化されており、禿鷲とコブラの額飾り、幅広の襟飾り、両手に持ったヘカとネケト、全面的に施したリシ(羽飾り)模様といった要素が共通しています。
一番外側にあたる第1の棺は、部位によって金の厚みが違います。顔や手の部分は厚く、頭巾の部分は薄いことがわかっています。また「カト」と呼ばれる先が丸くなった特殊な頭巾をかぶっており、第2の棺および第3の棺のネメス頭巾とは異なります。
第1の棺と第3の棺は、部分的に象嵌の彩色が施されているものの、金地がメインという印象を与えます。他方第2の棺は、貴石と色ガラスの象嵌が全面的に用いられています。細かなリシ模様がカラフルに彩られており、古代エジプトの象嵌技術の頂点を見る思いです。この棺の顔立ちが他と比べて微妙に違うことを指摘して、もとは別の王のために作られたのではないかと唱える研究者もいます。
第3の棺は、純度の高い黄金の厚板を鎚起して全体を形作り、細部を彫金で仕上げた作品です。第1の棺や第2の棺は木で作った原型に金を貼りつけているのに対して、第3の棺は金の加工のみで成形しています。金の厚さは約2.5~3mm、棺全体の重量は110.4kgにもなり、現存する古代エジプトの金製品として最大のものです。両腕の下のネクベト神とウアジェト神は、翼を広げて遺体を守るような姿をしています。上エジプトの象徴であるネクベトは禿鷲、下エジプトの象徴であるウアジェトはコブラとして表されました。足にはリシ模様が広がり、その上に翼を広げたイシス女神とネフティス女神が彫られています。眉、目の周囲、つけ髭を彩る青の象嵌は、ラピスラズリを模した紺色のガラスです。
王のミイラにかぶせられていたマスクは、トゥトアンクアメンの若々しい面立ちを今日に伝えています。例によってネメス頭巾は禿鷲とコブラの装飾を持ち、頭巾の縞や眉、目の周囲の彩色に濃紺色のガラス質ファイアンスが使われています。目には水晶と黒曜石、つけ髭には青灰色のファイアンスが象嵌してあります。胸部に注目すると、ビーズの襟飾りの下に、両端がハヤブサの顔をした胸飾りが連なっていることに気づきます。ラピスラズリ、緑長石、黒曜石、色ガラスがいくつもの段になって展開し、豪華絢爛な胸元を演出しています。
ミイラの検証を進めていくと、様々な護符や呪物、装身具類を巻き込むようにして遺体が包まれていたことがわかってきました。たとえば図版14の短剣は包帯の下で王の腰のあたりに置かれていたものです。王のミイラと一緒に納められていた品はどれも精巧な作りで、当時の貴人の葬礼のあり方を示す貴重な資料となっています。
宝庫
カーターが「宝庫」と名付けた玄室の東側の部屋には、華麗な天蓋を持つ角柱状の厨子が置かれてました。そりの上に乗った祠堂という風情で、木部の表面を黄金の薄板で覆うようにして作られています。日輪をいただく聖蛇ウラエウスが並ぶフリーズは、天蓋と厨子の2か所に設置されています。厨子の各面に取り付けられているのは、女神イシス、ネフティス、ネイト、セルケトの小像であり、厨子を守るように両腕を広げています。
宝庫の厨子の内側には、同じく厨子の形をした内臓入れがありました(図版16)。ミイラを作る際に死者の内蔵を取り出して入れておく容器「カノポス」は、壺や櫃、小像など様々な形で表されました。厨子形のカノポスの中は4つの区画に分かれていて、それぞれに王の頭部を模した蓋(図版17)が取り付けられています。この蓋を開けると棺を象ったカノポス容器(図版18)が姿を現します。遺体から取り出された肝臓、肺、胃、腸はホルスの4人の息子によって守護されると信じられていました。
宝庫の発見当初、2体の神像が厨子の前に置かれていました。山犬の姿をしたアヌビス神と、雌牛の頭部を持つハトホル神の像です。当時の写真を見ると、厨子を守る番人のような出で立ちの神像が確認できます。
遺宝の諸相
トゥトアンクアメンの王墓は、過去に少なくとも二回の侵入があったと考えられています。墓荒らしによって一部の宝物が持ち去られたり破壊されたりしたことは明らかですし、めぼしい宝物を探すために置き場所を変えられた品もあります。
しかし基本的には当初の様相を保ったままであり、古代エジプトの史料としては量質ともに第一級のものがそろっています。バリエーションに富んだ出土品の数々を以下で紹介していきます。
図版23は前室に置かれていた厨子です。四面に美しい浮彫りが施されています。トゥトアンクアメン王と王妃アンクエスエンアメンの交流がテーマで、二人の仲睦まじい様子が描かれています。
図版24は付属室にあった木箱の蓋です。背の高いパピルスとロータスを王妃アンクエスエンアメンが差し出し、それをトゥトアンクアメン王が受け取っている場面を絵にしています。
図版25は前室で見つかった黄金の玉座です。葬礼用の道具ではなく、王が生前アマールナ王宮で使用していた品と理解されています。背もたれには、太陽神アテンの日輪のもとでくつろぐトゥトアンクアメン王と王妃アンクエスエンアメンが描かれています。肌に赤色ガラス、服の襞に銀を象嵌するなど、手の込んだ意匠が見られます。椅子の脚はライオンの脚として表され、正面に雌ライオンの顔が付いています。脚の間に「セマ・タウイ」(ロータスとパピルスを結び合わせた図像で、上下エジプトの統合を意味する)が透かし彫りされていた痕跡がありますが、残念ながら欠損しています。完全な状態のセマ・タウイは図版26のようになります。
図版27は付属室にあった祭儀用の椅子です。こちらも王が生前使用していた品を墓に入れたものです。背もたれに非常に精巧な象嵌細工が施されており、貴石、色ガラス、ファイアンス、象牙、黒檀がふんだんに用いられています。座部の白い斑点は象牙を嵌め込んだ箇所で、全体として牛の皮を表現しています。椅子の脚は鴨の頭がついた形をしていて、脚の間のセマ・タウイは欠損状態にあります。
図版28は20点ほど出土した王の胸飾りの一つです。天上の水の上を進む月の船をモチーフにしています。満月と三日月を乗せた船の下にはロータスの花が咲いています。下段の水滴形の装飾はそこが水上の世界であることを示しています。鎖は球形と紡錘形のビーズが規則正しく並んでおり、金、ラピスラズリ、トルコ石、紅玉髄が美しい配色を成しています。ロータスの花と蕾をあしらった象嵌の部品は、首の後ろでおもりの役割を果たしました。
図版29は王のミイラが身につけていた襟飾りの一つです。翼を大きく開いた禿鷲は、上エジプトの守護女神ネクベトを表しています。金の下地に色ガラスの象嵌が映える豪奢な作例です。
図版30は方解石で作られたランプです。左右対称の透かし彫りは、トゥトアンクアメン王の永遠の生命と治世を祈念する図像です。面白いことに、ランプに火を灯すと隠れていた図像が浮かび上がってきます。椅子に座した王に王妃が椰子の枝を差し出している様子を確認してみてください。裏面も光に照らされると王の誕生名と即位名が現れる意匠になっています。
最後にトゥトアンクアメンの墓から失われた遺物について言及しておきます。遺物が残らない理由としてはまず、長期間の密閉状態で経年劣化が進むケースがありえます。衣類などの繊維製品、革や羽毛、植物繊維、一部の木製品が極度に損壊した状態で発見されるのはこのためです。また古代に侵入した墓泥棒に持ち去られたケースもあるでしょう。図版15の厨子には小像が、宝庫の空箱にはガラス製品が納められていた可能性が高いのですが、これらは盗まれてしまい現存していません。
作品データ
- 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994 p.432
- https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Tomb_of_Tutankhamun_according_to_Howard_Carter_-_en.svg
- https://natedsandersauctionblog.com/egypt/
- トゥトアンクアメン王のカー立像 木 青銅 鍍金 高さ192cm https://www.natgeokids.com/au/discover/history/egypt/tutankhamun-treasures-of-the-golden-pharaoh/
- 玄室と壁画 https://egypt-museum.com/inside-tomb-of-tutankhamun/
- https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shrinesandsarcophagos.png
- https://commons.wikimedia.org/wiki/File:King_Tut%E2%80%99s_Tomb_Discovery_Experience_at_Houston_Museum_of_Natural_Science.jpg
- 第1人型棺(部分) 新王国 第18王朝 前1350年前 木 金 長さ224cm テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓内
- 第2人型棺(部分) 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 金 色ガラスほか 長さ204cm カイロ, エジプト博物館
- 第2人型棺 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 金 色ガラスほか 長さ204cm カイロ, エジプト博物館
- 第3人型棺(部分) 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 ファイアンス 色ガラスほか 長さ187.5cm カイロ, エジプト博物館
- 第3人型棺 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 ファイアンス 色ガラスほか 長さ187.5cm カイロ, エジプト博物館
- 黄金のマスク 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 ラピスラズリ 紅玉髄 色ガラスほか 長さ54.0cm カイロ, エジプト博物館
- 黄金の短剣と鞘 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 色ガラスほか 長さ31.9cm カイロ, エジプト博物館
- カノポス容器の厨子と天蓋 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 金 高さ約200cm カイロ, エジプト博物館
- 厨子形カノポス櫃 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 高さ85.0cm カイロ, エジプト博物館
- 厨子形カノポス櫃の蓋 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 カイロ, エジプト博物館
- 棺形カノポス容器(ミニアチュア・コフィン) 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 紅玉髄 ガラス 長さ39.0cm カイロ, エジプト博物館
- 宝庫 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓
- 宝庫 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓
- アヌビス神像 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 漆喰 金ほか 高さ57.0cm カイロ, エジプト博物館
- ハトホル神像頭部 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 銅ほか 高さ93.0cm ルクソール美術館
- 黄金貼り小型厨子(部分) 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 金 高さ50.5cm カイロ, エジプト博物館
- 木製の蓋 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 象牙ほか 長さ72.0cm カイロ, エジプト博物館
- 黄金の玉座 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 金 銀ほか 高さ104cm カイロ, エジプト博物館
- 椅子 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 彩色 金 高さ44.5cm カイロ, エジプト博物館
- 祭儀用椅子と足台 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 木 象牙 高さ102cm カイロ, エジプト博物館
- 月の船の胸飾り 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 エレクトラム(琥珀金) 長さ39.5cm カイロ, エジプト博物館
- ネクベト神形襟飾り 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 金 紅玉髄 ガラス 長さ46.0cm カイロ, エジプト博物館
- ランプ 新王国 第18王朝 前1350年前 テーベ, 王家の谷, トゥトアンクアメン王の墓出土 方解石 高さ52.0cm カイロ, エジプト博物館
参考文献
- 青柳正規, 大貫良夫(編)『世界美術大全集 西洋編 第2巻 エジプト美術』小学館 1994




























